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伊集院光・尾木直樹(尾木ママ)が「本が心を育てる」をテーマに特別授業!足立区立第十三中学校で読み聞かせと交流

東京都が推進する「こどもスマイルムーブメント」の取り組みの一環として、同ムーブメントのアンバサダーを務める伊集院光さん、尾木直樹さん(尾木ママ)が、足立区立第十三中学校で特別授業を行いました。

授業のテーマは「本が心を育てる」

トークセッションに加え、両氏による絵本の読み聞かせ、生徒による好きな本の紹介などを通じ、本の魅力を共有する時間となりました。

 

「こどもスマイルムーブメント」特別授業を都内の中学校で開催

冒頭で伊集院さんは、

「子どもを育てていないので、学校に来るのが久しぶりで新鮮です。中学生だったのはもう40年以上前なので、当時の色々な気持ちがよみがえってきて、今日は楽しい。」

と、率直な思いを述べました。

一方の尾木さんは、

「『尾木直樹さん』と言われると一瞬、誰のことかなってわからなくなる(笑)。尾木ママです。先生もやっていたので、みなさんの前に立つとチョークを持って、誰かに当てたくなる。すごく懐かしい。」

と高揚感をにじませ、会場を和ませました。

 

伊集院光・尾木ママが絵本を朗読

本の読み聞かせでは、伊集院さんが絵本『の』を朗読。

「この本は文字が少ないので、絵を楽しんでほしい」と切り出し、ページをめくりながら作品世界を丁寧に紹介。

さらに「好きなページでやめてもいいし、想像で本と同じお話をしてもいい。『の』でつながっていさえすれば、どう展開してもいい」と、この絵本ならではの自由さを魅力として紹介しました。

続く尾木さんが朗読したのは、ウクライナ民話『てぶくろ』

選書について尾木さんは、

「今はウクライナがロシアから攻められている。だから、応援したい気持ちで選びました。」

と説明しました。

しかし「ちょっとわかりづらかったかもしれない」と生徒たちを心配すると、伊集院さんは「わからないって大切だと思う」とフォローし、

「『どういうこと?』と思った絵本は意外に忘れられない。高校生のときにわかったり、おじさんになってからわかったりする。わからない本があっても、ワクワクするくらいの気持ちでいてほしい。」

とメッセージを届けました。

後半は、生徒がそれぞれ好きな本を紹介。

『クジラがしんだら』や『栄光のバックホーム』『よだかの星』『1500日震災からの日々』など多様な本が挙がり、紹介の理由も「迫力があった」「言葉が心に刺さった」「震災のことを知っておきたかった」など、実感のこもった言葉で語られました。

伊集院さんは「『栄光のバックホーム』は読んだ」と言い、

「同じところで感動して、すごいと思う。本って、住んでいるところや学年が違っても、同じ価値観でつながりができる。」

とコメント。

尾木さんも紹介内容に対し、

「すばらしいと思いました。よく自分の考えをまとめて発表してくれたなって思います。」

と称えていました。

最後には、生徒代表から2人に感謝の言葉が贈られ、

「本の紹介を聞いてとても勉強になりました。色々な本に興味を持って読んでいきたいです。お体を大事にして、これからもさらにご活躍ください。」

という言葉を受けた伊集院さんは、

「学校=『あんなことしなければよかった』『あれをすればよかった』の塊みたいな場所。そこで感謝される日が来るとは…。」

としみじみ。

続けて、

「みんなから紹介してもらった本は絶対に読みます。こちらこそありがとうございました。」

と、深々と頭を下げました。

尾木さんは「来年が80歳」と明かし、

「皆さんのように若い人たちと一緒にいると若返る。若いってことは希望の塊だから元気をもらえるんです。あと20年生きるからね。よろしく。」

と、尾木ママらしいユーモアと前向きな言葉で締めくくりました。

 

伊集院光が幼少期を回顧「あまり上手に学校に通えなかった」

授業後には囲み取材を実施。

伊集院さんは、

「本当に興味を持ってくれる子は『次のページは?』って顔になるし、飽きた子はちゃんとそういう顔をする。大人と違って反応がダイレクトで、ふんどしを締め直す感じになった。」

と、読み聞かせならではの手応えを語りました。

尾木さんは本の価値について、

「AIが発達してフェイクニュースも増える時代。どれが本当か疑わないといけない。だからこそ本は裏切らない、真正面から信じていい対象だと思う。」

と述べ「本は裏切らない」と繰り返しました。

さらに、不登校をめぐる話題も。

「あまり上手に学校に通えなかった」という伊集院さんは、

「僕は前向きな不登校って呼んでいるんですが、親が『出かけてかまわない』と許してくれたんです」と回顧。続けて、

「当時、東京で面白いことやっているのは映画館。でも、補導が入る。だけど、なぜか寄席は補導が入らなかった。だから、上野の演芸場に行ったりしていたんですが、それが後に落語家になったり、おしゃべりのお仕事につながったりしている。親は心配だったろうけど、今につながっている。」

と、現在の仕事に結び付いた体験として振り返りました。

また伊集院さんは当時の過ごし方を、

「落語会を見に行ったり、野球も見に行きました。いろいろなイベントごとがあったので、いい環境でしたね。」

と具体的に説明。寄席や落語会に行っていたことが結果的に落語家としての礎になったのかと問われると「難しいですね」としながらも、

「少なくとも当時の年齢で落語を一生懸命見ることがないから、行ってなければ選択にも入らないと思う。」

と言及。

落語の道に進むきっかけとなったのは、演芸場に通っていることを聞きつけた親戚が、落語家の知り合いを紹介してくれたからだそう。

当時は「そんなに好きなわけでもないけど」と思っていたそうですが、

「それなりに勉強ができたのに今は学校も行かずにふらふらしているらしいよ」が「ふらふらしているんじゃなくて、古典芸能の修行をしているらしい」に変わることで、

「自分のプライドは保てたから、いい転機だった。」

と語り、当時の自分を支えた感覚を言葉にしていました。

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